「おう、こっちだ」
「久し振りだな」
「今日はわざわざ出てきてもらってすまないな。これ、土産だ」
「土産って、どっか行ってたのか?」
「そうなんだ。ちょっと君がビックリするような所に行ってきたんだ」
「どこだい?」
「月だよ、月」
「月!? 確かに月への旅行は随分と現実味を帯びてきたのは知っているが、まさか本当に行った奴に会えるとは思わなかった」
「そうだろ、驚いただろ?」
「今年一番の驚きだ。費用はどうしたんだ? うちらみたいな一般庶民にはとても手が出せない金額だろう」
「それがさ、仕事で知り合った社長さんが、死ぬ前に一度青い地球が見たいって言うんだけど、家族や社員に呼び掛けても誰も行きたがらなかったらしくて、本当にたまたま僕にお声が掛かったって訳さ」
「それは幸運だったな。そう言えば少し日に焼けたみたいだけど」
「それも月旅行のせいだな。地球よりも月の方が太陽に近づく時間帯があるんだ」
「ほう」
「太陽の周りを地球が回っていて、さらに地球の周りを月が回っていてだな、ほらクルクルと、地球よりも月のが近い瞬間があるだろう」
「本当だ」
「それに月には地球のように立派なオゾン層もないから、太陽からの紫外線を直接受けてしまうんだ」
「なるほど、そういう事か。なんだか顔も少しふっくらしたみたいだけど、それも旅行の影響かい?」
「そうなんだ。聞いてくれるかい?」
「勿論さ」
「宇宙船に乗っている間の食事は、フリーズドライの食品や流動食の味気無いものばかり。普通痩せると思うだろう? だがな、月のホテルではなんと、月で取れる生物を食べる事ができるのさ」
「月に生物がいるのかい?」
「いるんだよ、それが。残念ながら月には水が存在しないから、地球上の動植物の生存は確認できない。だが、それを必要としないでも生きていける『宇虫』っていうものがいるんだ。まあ所謂、虫なんだけどな。地球にもいるだろう、カブトガニみたいな最古の生物ってやつ。月のホテルではこれが食べ放題でさ、これがまたふわりと甘くて、多分宇宙食ばかりで飢えてたんだな、暇さえあれば口に運んでたんだ」
「月に生物なんて世紀の大発見じゃないか」
「今ではそうでもないらしいよ」
「そうなのか」
「ああ」
「写真とかないのかい? 月から青い地球を撮ったものとか、ほら『宇虫』とか、海とか山とか」
「言うと思ったよ。残念だが、そういう類の持ち込みは全て禁止されているのさ。絵葉書なら月のホテルで売っていたんだけど、それでは君は満足しないだろうと思って買わなかった」
「そうか、残念だな。月から手紙でも出してくれたら面白かったのにな」
「そういうサービスがあっても面白いな」
「旅行会社のアンケートとかで要望はできないのかい?」
「アンケートか。探してみるよ」
「そうだな、是非」
「ははは、了解」
「そう言えば、土産の品を開けてもいいかい?」
「勿論」
「これは……お饅頭かい?」
「ああ、月饅頭さ」
「凄いな、月で饅頭とは……」
「だから変わり者の君が驚くようなものを買ってきたのさ」
「でもこのマークはなんだい? 丸いお皿から3本の湯気が出ているみたいなんだが」
「それは、ほら、見る方向が逆さまなんだよ。丸いのが上で3本足。それがさっき言った『宇虫』さ」
「こんな形だったのか……」
「そうなんだよ……」
「……」
「……」
「それで、家族旅行は湯河原かい?」
「失礼だな、熱海だよ」
「そうか、熱海だったか」
「魚がとても旨かったよ。海の混雑振りときたら人がまるで岩に群がるフナムシのようだったが」
「それは災難だったな」
「それで、本当に月旅行を楽しめるようになるのはいつ頃になりそうだい? NASAの研究員である君の見解を聞きたい」
「そうだな、泊まるとなるとあと十数年先かな」
以上、第59回マッソー斎藤の今夜もプロテインでした。
次回、修学旅行行きたい……(未定)