第73話 【ショートショート】狼煙(のろし)

遠くで銃を撃ち合う音が聞こえ、
暫くすると辺りはシンと静まり返った。

どちらの国が勝ったなんてわからないが、
確実に言えるのは、また人が死んだということだ。

ここは戦場だ。

 

 

 

私の所属していた第2小隊は、
敵の銃弾に引き裂かれてばらばらに散ってしまった。

生き残っているのは数名か。

もしかしたら私だけなのかも知れない。

もう無線も通じない、誰かが助けにくる望みも少ないだろう。

私自身も、いったい何人の敵国の兵を殺してしまったのだろうか。

私が生きていること自体、許されることなのだろうか。

 

 

懐に忍ばせた煙草とマッチを取り出した。

「最後の一本か」

そう呟いて、マッチをこすりつけ、最後の一本に火をつけた。

ふぅっと煙をはく、この煙草が消えれば、私も死ぬのか。

そう思わざるを得ない、なんとも言えぬ脱力感に襲われる。

ぼんやりとそんなことを考えていた時、
しまった!
と、身体を固くした。

いつの間にか目の前には銃を構えた敵国の兵士が、
私をジッと見つめているのだ。

そして静かに近寄ってくる。

私は微塵も動くことが許されなかった。

敵国の兵士が私の2mの距離で足を止め、静かに口を開いた。

「煙が昇っているのが見えた」

しまった、煙草の煙が目印となってしまったのか。

私は死を覚悟した。

煙草は静かに、悠然と、死の狼煙を上げ続けている。

だが私は、敵国の兵士の次の言葉に驚いた。

「一口、くれないか」

私は静かに立ち上がって、煙草を差し出す。

敵国の兵士はすぅっ煙草を咥えると、
ゆっくりと深く吸い込み、そして吐き出した。

「うまいな」

その言葉に私は、

「ああ」

と頷いた。

そうして二人、何を言うことなく、
静かにその場に座り込んだ。

 

 

「戦況はどうなんだろうな」

私は問いかけてみた。

「わからない。
俺達のような、鉄砲玉みたいな者には必要のない情報だろう」

「お前は何人くらい殺った?」

「30人か、100人か、知ったことか。
お前は?」

「私もそんなものだろう」

なんだ、どこの国でも一緒か。

一口ずつ順番に吸っていた煙草は随分と短くなっていた。

「この煙草が燃え尽きたら、私達はまた敵同士か」

私が思わず口走ってしまった言葉に、
敵国の兵士はピクリを肩を動かしてから、私を見つめた。

しまった、言ってはいけないことを言ってしまったのか。

すると敵国の兵士の顔が少しほころんだように見え、口を開いた。

「そうだな」

私は短くなった煙草を、そっと石の上において立ち上がった。

それを見た兵士も、静かに立ち上がった。

「おいしかった、ありがとう」

そう言って兵士は地面に置いていた銃を手に取った。

「次に会う時は、笑顔で会えるといいな」

私もそう言い残して、置いていた銃を手に取り、背中を向けた。

 

一歩。

敵国の兵士から離れていく。

 

 

二歩。

敵国の兵士も同じように、私とは逆方向に歩みを進めた。

 

 

 

三歩。

私は振り返り、敵国の兵士に銃を構えた。

敵国の兵士も同様に、銃を構え私を睨みつけている。

その睨みあいの中心、今にも燃え尽きそうな煙草から、
一筋の白い煙が立ち昇っている。

撃てばどちらかが確実に死ぬ。

いや、二人とも、死ぬ。

覚悟はある。

でも、どうしても、引き金を引くだけの力が入らなかった。

撃てない。

いや、撃ちたくない。

私はそっと、銃を下ろした。

兵士も同様だった。

一歩、二歩、お互いの距離が縮まっていく。

三歩。

そうして、固く、握手をした。

平和を願う気持ちは、どこの国でも変わらない。

煙草はとうとう燃え尽きた。

その最後の煙が空に溶け込むのを、二人はずっと見上げていた。

そうしてここに、小さな二つの人間から、
希望という名の小さな狼煙が上げられた。

 

 

以上、第73回マッソー斎藤の今夜もプロテインでした。

次回、サブイボってかわいいよね? ねっ?!(未定)

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