第48話 感想文「花影」(大岡昇平)

「死のうって思うのと、死ぬのとは、ちがうわ」

 

 

 

 

 

とある40手前の銀座の女(女給、今でいうホステス)の物語。

主人公である葉子は、捨て子同然で血の繋がりのない母親に育てられ、

自身の自殺未遂や男との愛人生活、そんな経験からかバーでは同僚に

一目を置かれる程の人の好さが備わっていた。

その反面、日々泥酔することで慰められるといった、

どこかで自分を蔑み、自虐的な習慣を身につけてしまう、

そんな人生を歩んできた。

 
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冒頭のセリフは、私がこの本を読んで一番心に残っているもの。

この言葉は、愛人をしていた男の娘が病魔と闘っている際、

男の妻が娘に「お母さん、一緒に死のうか」と言ったことを娘から聞いて、

妻が死にたいと思う程に思い悩んでいたのだと男は理解した。

それを葉子に打ち明けた時に、葉子が男に言い放ったのが、

「死のうって思うのと、死ぬのとは、ちがうわ」 である。

 

 
葉子は、過去の経験や現在の自虐的な生活を垣間見るとすると、

「生きる」ことには執着もなく、後ろ向きな考えを持っている反面、

「死ぬ」ことに対しては厳しくも寛容で、唯一前向きな姿勢を見せる。

そんな葉子が言う冒頭のセリフは、重みが違うというものだ。

 

 

 

 

私はこの作品を読んで「自殺」に対して考えさせられた。

勘違いしないで欲しい。

「自殺」を良き習慣として推奨しているのではない。

ただ、自分の人生を振り返った時、「あー死にたいなー」とか、

一度は思ったことはないだろうか。

または、そんな言葉を友人が口にしていたことはなかっただろうか。

そんな時、私の頭の中にはまず、あの葉子の言葉が浮かぶ。

 

 

 

 

そして、葉子という花は、自ら影を落とす。

それはなんとも穏やかで、安心に包まれていたことだろう。

きつい、苦しい、生きていても何の意味もない、だから自殺する、

そんな感情で人は自殺をするのではない、

葉子は自らを枯らすことでそう語りかけてくれているようだ。

 

 

忘れないでほしい。

 

 

「死のうって思うのと、死ぬのとは、ちがうわ」

 

 

以上、第48回マッソー斎藤の今夜もプロテインでした。

次回、面倒な衣替えがやってきた……(未定)

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